「自分のこと。ときどき親のこと。第9回~今後、どこで暮らす?」
先日、講演を終えたところで参加者の50代くらいの女性の方が「少しいいですか」と話し掛けてこられました。
女性のご主人は間もなく定年退職を迎えるそうです。「長男」としての責任感から、郷里の実家近くに戻る気、満々なのだとか。実家はすでに弟が継承しており、夫は新たに家を建築するつもりとのこと。
「私は、行きたくないんです。弟夫婦が同居しているとはいえ、弟の妻と義父母は折り合いが悪いので、きっと『介護』ということになれば私が駆り出されることになります」と、顔をしかめます。
「『行きたくない』ってご主人に言ったのですか?」と聞くと…。
「もちろん言いました。でも彼は聞く耳を持たない。彼だけ、向こうに行けばいいのに、そんな気は毛頭ありません。定年退職後は『夫婦で帰る』と決めているのです。私は専業主婦なので、自由にできるお金もなく、こっちに1人で残っても、経済的に生活することは無理。夫も、そのことを承知しているから強気なんです。どうすればいいでしょう」
難しい質問を投げかけられて、言葉に窮してしまいました。これって、一見「介護問題」に見えますが、実は「夫婦問題」です。実際、こういったケースで、「離婚沙汰」に発展する事例も、幾度か見ています。
「夫の実家に越すくらいなら、離婚して、私は私の実家に戻る」と…。(自分にも戻れる「実家」があるだけ幸運なパターン?)
高齢者の多くが「住み慣れた家で住まい続けたい」と願うのと同じく、若い世代にも、「ここに住み続けたい」とか、「あそこには行きたくない」とか、さまざまな感情があるのは当然のことでしょう。
「住まい」は生きていく上での土台です。できれば意思を通したいと考えるのがわがままだとは思いません。それには、何か事が起きてからでなく‘今’から「自分はどうしたいのか」を考え、声に出しておくことが重要ではないでしょうか。
意思表示をしておかないと、冒頭の女性のように、いざ、配偶者が定年を迎える段になって、「そんなはずでは」ということになってしまいかねません。互いの不幸です。
配偶者に限らず、「親」から「こっちに帰ってきて」と言われたり、「子育て手伝って」と自身の子からお呼びがかかったりすることも考えられます。
「声にしたら、もめる」からと先延ばしにすることもあるようです。が、先延ばしにすることで抜き差しならないことになる可能性もあります。それくらいなら、事前に話し合いを重ねて、折り合いのつけ処を探るのが大人の解決策なのではないでしょうか。
掲載の記事・調査データ・写真・イラストなどすべてのコンテンツの無断複写・転載・公衆送信などを禁じます。転載・引用に関する規約はこちら>>
- このコラムを書いた人:介護ジャーナリスト 太田差惠子(Saeko Ota)
- 介護・暮らしジャーナリスト NPO法人パオッコ理事長 AFP(日本ファイナンシャル・プランナーズ協会)会員 京都市生まれ。高齢化社会においての「暮らし」と「高齢者支援」の2つの視点から新しい切り口で新聞・雑誌などでコラム執筆、講演活動等を行う。1996年、親世代と離れて暮らす子世代の情報交換の場として「離れて暮らす親のケアを考える会パオッコ」を立ち上げ、2005年5月法人化した。現理事長。2012年3月、立教大学院21世紀社会デザイン研究科前期課程修了。介護、ジェンダー、ワークライフバランスなどを総合的に学んでいる。個人サイトは「太田差惠子のワークライフバランス」著書に『老親介護とお金 ビジネスマンの介護心得』(アスキー新書)、『故郷の親が老いたとき』(中央法規)、『遠距離介護』(岩波ブックレット)など多数